アート

「転生」詩の朗読会

作家 田口ランディさんと、マリンバ奏者 通崎睦美さんの詩の朗読会を聞きにいった。正直、これほどまでに衝撃を与えられる場になるとは想像もしておらず、その空間にいてただただ、呆然としてしまった。全てが未体験ゾーンなんだけど、なんか、もう、体験するとか体験してないとかを超えて、どこか懐かしい気分がするくらいだった。
マリンバは自分にとって初めて見る楽器で、音も聞いたこともなかった。朗読会も初参加。一体どんな場になるのかも想像がつかなかったし、マリンバ奏者の通崎さんも初めて知った。朗読をする作家の田口さんも、小説を読むまでは名前も何となくしか知らなかったし、見たこともなかったので、自分にとっては実体があってないような方だった。それが・・・・・・!!!

この融合が実に素晴らしかった。会場が四ツ谷の「コア石響」という会場で行われたので、その石の壁がもたらす音の反射がすごい。ぼぉ~~~ん、という木管に似た野太い低音が、自分に衝撃波の形でぶつかってくる。最初の3分間くらい、正直頭がくらくらした。すごい空気の対流だった。観客一人ひとりから出るオーラのようなものが上にあがっていって、それが一体となりマリンバの音と溶け合っていくようだった。すごい。通崎さんがマリンバとともに、私たちを完全に物理的に捉えてしまっていたようだった。彼女の動きとともに自分が動いてしまいそうだった。それくらい空気が一緒に動いている感覚だった。

田口ランディさんの朗読もすごかった。友人いなばさんが勧めてくれた『パピヨン』から始まり、『聖なる母と透明な僕』、『ソウルズ』、『寄る辺なき時代の希望』を読んでいたので、彼女の持つパワーは言葉から感じていたけれど、彼女の発する声を通して、彼女の生命エネルギーを改めて感じた。彼女のエッセイを読むと、壮絶な人生を送ってきている人だということは分かるけれど、嘘のない、まっすぐな人のもつエネルギーとオーラを感じた。どんな相手にもエネルギーをぶつけていく、そんな方だという印象を受けた。彼女の詩は常に「生と死」を考えさせられるものであり、人によっては「怖い」と感じられるものだろう。(今回の詩は、「転生」という本からの引用らしい)自分もたぶん以前の私だったら、彼女の詩を聞いたときにもっと怪談のような、怖い思いをもったかもしれなかった。でも、不思議なのだけど、先週彼女の短編集『ソウルズ』の「真似のうまい人」の中の一節を読んだときに、妙にはっきりと、自分の「生と死」の捉え方が変わっていることに気づいた。

「魂が抜けると肉体は別の行き方を始めます。土に戻ろうとするのです。魂のほうは肉体を出ると宇宙に戻ろうとするのです。二つのものが合わさって地上で生きものになっている。そのことを知りました。生きるということは究極の真似なのです。魂が土から生まれた肉体に宿り、自分以外の存在を真似てこの世界を学ぶことが、この世で生きるということです」 

生は循環していく。死は生であり、生は死である。空即是色、色即是空。
また、陰と陽のように二つの一見逆のようなものが合わさって一体となり、生を受ける。それが自分。生を受けた後で自分と他者という世界の中で、影響を受けて影響を与えて、自分も他者もそれぞれに1つになる。そう考えていたら、死というものが終わりでなく、その後も「おっ、久しぶり~」的に思える人に会えるんじゃないか。また、「あいつ、元気にやってるかな、そのうち会えるだろうな。わくわく」みたいに、今を共有している人たちとの再会を、それはそれで楽しみに待ってたりする世界がありそう。
じゃあ、今一緒にいる人は?今物理的には離れてるけど、近所にいる感覚がしている人たちとの関係は?それも同じかもしれない。言葉を直接交わせればそれはとても嬉しく、楽しいことだけど、互いにブログを書いて互いの持つ時間軸の中で読んでたり、夢の中で会ってなかった人と会話したり、ココロの中でふと離れている人を思い出していたり、それだってある意味プチ「死」の後みたいなものでは?ちょっぴり違う時間軸で生きていて、「元気かな~」って思う。たまたま、今の世界ではすぐに話ができたり、ブログを書きあったりはできるけど、あっちの世界にいったら、ブログを書いてから返事を待ってるくらいの短い時間で、生~死までの時間を感じられるかもしれないしねー。

なんか、とにかくすとんと、自分の中で理解が落ちた。
その意識があったから、田口ランディさんの詩をそれほど恐ろしいと感じなかった。(唯一恐ろしかったのは、業について考えた時かな。自分も、誰もが持つ業を考えると、少し怖くはなった)
それよりも、マリンバの音、朗読の声、通崎さんの動き、田口ランディさんの動き、より親しい人々の動き、知らない観客の方々の動き、全てが石で囲まれた部屋の中で空気が一体になったことを感じ、心地よさを感じていた。ここに集まった人々が、同じメンバーで一緒に集まることは二度とない。そこでしか出せない空気がある。その一期一会も改めて自分の心に感動を招いたし(英語的な日本語になってしまった・・・)、本当に素晴らしい経験をしたと思う。

この会に誘ってくれた、いなばさんの熱いブログはこちら

>いなばさん、makiさん、ありがとう!夜の食事会もまた刺激的でした~!

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野町和嘉 「聖地巡礼」写真展

通勤中に日比谷線に乗っていた時に見た「写真美術館」の広告。

そこで初めて知った野町さんの写真。

「聖地巡礼」

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その言葉だけでも十分惹かれたけれど、写真のもつパワーがこれまたすごい。

そこに広がっている空間の一部分を切り抜いただけなのに、すごいパワーを感じる。

野町和嘉 写真展「聖地巡礼」

写真展に入るとすぐに、ボードに野町さんからのメッセージがあった。

「どの宗教であれ、教えていることは世代を超えて受け継がれてきた生きるエッセンスの集積そのものなのである」

『宗教』というとオカルト的だったり、なんだか意味の分からないものだったり、理解しにくいからこそ曖昧で、意味のないもののように感じられがちだけれども、どの宗教であっても、要は人が生きる上で何百年、何千年も前から「救われたい、意味を感じたい」そう切に願っているから存在しているものなのだろう。

野町さんの言葉、「生きるエッセンスの集積」。うんうん。そう感じる。

もう一つ、彼の書いていた言葉で重みを感じたもの。

現代の突発的な心の崩壊について。

これは、生きる枠組みが容易に見えなくなっているこの社会の難しさの表れだと。

社会の枠組み。

生きる枠組み。

枠組みがあってほしい、でも、ない方がいい。

枠があることで初めて見えてくる世界がある。

枠があることで初めて感じられる苦しさがある。

枠とその中にいる自分。他と私。見えるもの、見させられるもの。

生きる枠組みとはなんなんだろうか。自分には見えているのだろうか。

枠・・・壁・・・他・・・。自分を感じるための確かなもの、を探しているのかな。

野町さんがまさに「聖地巡礼」した、エチオピア、極限高地チベット、南米アンデス、インドなどが撮影地になっている。

過酷な自然環境があり、社会情勢も不安定だったり、貧困問題もありそう。

そのゆえに、まさに「生きることに必死な場所」で撮られた写真。

そこには常に宗教の影、シャーマンの影、神の影を感じる。

素晴らしい・・・・・・・・・写真の圧倒的なパワーは、現地にいる人々の生命エネルギー(日々をとにかく、一生懸命に生きる!)×野町さんの生命エネルギーのパワーです。

自分にも流れ込んでくる、生命エネルギー。

いつもオープンにそれらを受け取れるような受信アンテナを持ってたいな。

いなばさんのブログ「吾」にも、閑話休題にありました。これ、ほんと良かったですね~

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やなぎみわ 「マイ・グランドマザーズ」

写真を見るのが好き。撮るのは下手だけれど、でも好き。(撮るのは勉強会の写真部の皆さんにお任せ!Oかっちとか、Kさんとか、Nちゃんとか!)

東京都写真美術館の、2階展示室でやっている やなぎみわ 「マイ・グランドマザーズ」展 は素晴らしかった。なんというか、自分が「女性であること」を改めて認識するとともに、「女性である」ことによって自分の中に存在する奇跡みたいなものにもふと意識が向いて、なんだかつい下を向いて自分というものの存在を確認してしまった。うーん、手がある。体がある。足がある。私がいる。

「マイ・グランドマザーズ」展とは、一般公募で選ばれた若い女性が、自分の50年後の姿を思い描き、それを作家と被写体が対話を繰り返して、ストーリーを築き、作品にしている。

27個作品があるうちで、感動したもの:

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ESTELLE

"Thank you, my special ones. I love you, too. I'll be seeing you soon."

ポストカードが壁一面にぎっしりと貼られている。黒いわんこが左をぷいっと向いている。

ストーリーは何でも作り上げられそう。ポストカードがどこから来たのか、その後ろにどんな時間が流れていたのか。色々と想像力は膨らむ。

でも、"I love you, too. I'll be seeing you soon"が良かった。

未来進行形の I'll be seeing you. もう会う予定になっている。つまり、気持ちは会うまでのプロセスがスタートしているような気持ちになっている。その表現がとても好きだった。

どういう形でもいい、

どこで会うのでもいい、

時空を超えてでもいい、

I'll be seeing you soon. 

20_photo

TSUGUMI

「私の奏でる音は人を聞かず。

晩冬には琴を弾いて春を招く

叩てば響き、大地を震わせ山が目覚める」

日本は大地の恵み、自然の恩恵により、生かされている国。その母性に抱かれて、大きな愛情を受け、我々は生かされている。

そんなことを感じずにいられない写真。

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たぶん、実際の社会や仕事は生々しいくらい、現実は合理的・効率的・効果的という思考と隣り合わせで。今の仕事を望んでいれば、この「合理的・効率的・効果的」な世界で生きることからは離れられないわけで。昨日も今日も、特にそれをやらなくてはいけない、やらなければこのシステムがワークしないこと、それを改めて意識させられる出来事もあった。

その思考によってもたらされる大きなプラス、その社会であればこそ受けられる恩恵そのものを感じるので、この思考を持つことは大事だと思う。仕事を回す上では特に。

でも、たぶん、その思考が自分の利き手ではない分、その世界で生きていこうとするとそれだけ心の摩擦やズレが感じられることもある。どの世界にもあるような、そういったもの。

その時どう動けるか。どうエネルギー補給をするか。どう自分が自分を認識しなおせるか。

非日常を感じること。自分の50年後の姿を思い描くこと。大きな力によって生かされてることを改めて認識すること。

自分ではコントロールできない、すぐには「実態として」つかめないと感じているものを、意識的につかもうとすることかもしれない。

I'll be seeing you soon. これもまた、未来へのメッセージ。先を想像すること。先を創造すること。先でyou に出会うこと。

色んなことを思い描ける写真展でした。

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