いろいろ

①顔をあげて

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気が付いたら前のブログからもう半年くらい経っていた。

アメリカ出張から戻って、そっから何をしていたか一生懸命思い出さないと分からないくらい、気持ちが走ってしまっていたように思う。

いろいろやっていたんだろうけど、イマイチ思い出せない。

自分が育ててきた後輩が辞めることになって、同期が育休から戻ったばかりで、いろいろ自分が背負わなきゃいけないものが多くなったように感じたからかもしれない。

この前、ふと通勤中に顔をあげたら空がきれいだった。紅葉も目に飛び込んできた。移りゆく季節をようやく本当の意味で感じた。そんな他愛のないことに、一人、感動した。

不思議なもので、目に入ってくる映像がテレビを見てるかのように、移りゆくものに過ぎない時がある。電車の中で、ただただ一定のスピードで過ぎていく景色を見ているような。目には移っているけれど、心に届いていない。画像は目の前にあるけれど、registerしていない。

受信感度が鈍くなり、日々色々やりながら過ぎていく毎日があって、それ相応に、一瞬一瞬が楽しかったり、うれしかったりもあるのだけど、自分自身が立ち止っていない。なんか、自分をよく見て、周りをよく見ていない。そういう時期だった。

当然、自分から色々と発信するモードが薄くなった。ブログの更新ストップはまさにその兆候を現していた。友人たちのブログを訪れる回数もめっきり減った。

11月になって、友人の美容師さんの店長就任祝いがあって、彼に、彼が好きそうな本をプレゼントしようと思い、「デッドエンドの思い出」をあげた。中国にいる、Shinさんから勧められた本で、私も本当に好きな本。友人Rちゃんも大好きなよしもとばなな。

なんとなく、よしもとばななを思い出した。ほんとに、思い出すっていう感じなくらい、心理的に離れていたみたいだった。

翌日、なぜか衝動的によしもとばななの本を買った。

ハゴロモ。王国。

よしもとばななのお話は、今の自分にとっては、よどんだ空気が流れる部屋の窓を開けるような、体にさわやかな空気を吸い込むような気持ちにさせる。

窓を開けると、外の風が少し冷たくて、寒いけど気持ち良くて、変なにおいが混ざって入りこむこともあるけど、でもそれが自然なことで。

窓を開けると、人の楽しそうに笑う声や、時には言い合う声も聞こえてきて、うるさい時もあるけど、でもそれが自然なことで。

そういう、当たり前の、自然の空気の流れを、自然な人間の営みを、当たり前のものとして、温かく感じさせてくれる。人間への愛情を感じずにいられない。

また復活してきたかな。

ちょっとそんな自分にうれしくなった。

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プロフェッショナル 上田泰己さん

お家のネットがなかなかつながらない日々が続き、気がついたら仕事でしかパソコンを開いていなかったことに気づく。

1ヶ月くらい前に見たNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で偶然見た 上田泰己さんの会。もう、超自分に激震が走った。

普段自分はテレビを見ない生活をしてるけれど、なぜか、なぜかこの時はテレビをつけた。そこで偶然、ほんとに偶然にプロフェッショナルがやっていた。

超素敵です。上田さん。

プロフェッショナル 上田泰己さん

2009年にも、情熱大陸に出てたらしい。

情熱大陸 上田泰己さん

鋭い洞察、超ロジカルな思考、飛躍する直感に加えて、

とても温かい表情をする。心からの笑顔を作れる人は素敵な人だと思う。

リーダーとして、部下をねぎらう言葉。

美しい英語と構文力!!(ほんとにこの人どうやって英語勉強したんだろう)

そして最後の言葉、

プロフェッショナルとは:

『 そうですね、時間のように掴みようのないもの、見えないもの、形のないもの。そういったものに形を与える。そういう人だと思います。僕はそういう人になりたい。 』

すごくうなずける言葉。

ノウハウの構築とは、開発とは、研究とは、そういうものなのだろう。

そういうものだと感じます。

自分も形のないものに、形を与えられる、息を吹き込んであげられる、そういう人になりたい。

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もみじ

背景をもみじに変えた。

ほんと、いろんな壁紙に変えるやつだな~と思うけど。どうしようもない。

まだ、自意識を抜けられていないんですね。

いつになったら、他と自が溶け合うようになるんだろう。

・・・と思ったら、なぜかもみじです。日本のもみじは美しいよ。グラデーションがきれいだよ。

今日のたわごと1。

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人へのぬくもり、真剣さ

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新婚旅行のクロアチアから帰国したばかり。

とても大事なことを感じられた旅だった。

まず、大切な友人と直接会って、両腕で彼女をハグすることができた。

彼女は色々な想いを内包している、太陽であり月のような陰陽の両方をもつ人で。彼女のもつ、感じていること、ブログやメールを通して一部が伝わってきたりしたけれど、それでもやはり彼女の大変さを分かってあげることができない事実を自分は感じていた。

だから、会ったときに思い切りハグしようと思った。

もともとハグするタイプの人間で、意外と誰これ構わず日本でも仲が良ければやってたもんだから、旦那も微妙に思っていたようだけど(苦笑)、女の子だし、大丈夫やろというのもあって、彼女に会って真っ先にはぐーーー!

人と人が「今」を実感できるのは、そして色々な悲しみも痛みも外側からほっこり癒してあげられるのは、体温。ぬくもり。あったかさを感じられることのように思う。共有できない想いがあるから、だから、共感するのではない、包んであげること。

体でも、手でも。

温かさが伝わることは言葉以上に大きい。

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そして、新婚旅行と言えば、色々なイベント?景色?

それもほんとに素晴らしかったけど、

そういうのもあったけど、

何よりも旦那さんと二人で、二人らしく何を特にするでもなく、ある場を共有できたことが大事な思い出になった。

場を共有すること、それができにくい世の中になっていることを感じる。

いろんな意味で、社会が。家族が。友人が。

ネットなどを通じた間接的な「場」もあればあるにこしたことはないけど、直接的な「場」が少なくなっている。ただ一緒にいる、隣で寝てる、ご飯を食べる。というのではなく、共有する「場」。それが大事であること。とても強く実感した。

直接「場」を共有すれば、痛いことだってある。でもだからこそ、強く真剣に、その「場」から得ようとしている。無意識にも。表情は見えるし、空気感の変化も感じられるし、切り取られていない視覚、聴覚、嗅覚・・・なんだってフル稼働でアンテナは情報を運んでくる。冷たさも温かさも。”変化のある”人間同士の間接的メッセージを伝えてくる。

そこにいる人間同士、同じ思いを共有して、真剣に互いに向き合っていれば、2人であれ、複数人であれ、つながっていくものがある。

「真剣に、場を共有する」

相手と、切るか切られるかという「真剣」の鋭さを向き合わせるのではなくて、

刻々と互いが変化する中で流れるメッセージを受信送信しながら、状況を読み取る、感じる鋭さ。

とはいえ、頭ががんがんしてきた・・・・あわあわ。

早く寝なくては・・・

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鏡とぬくもり

これが自分か・・・と思った矢先に、

また、

これが自分か?と思ったり。

やっと突き抜けたと思ったら、

また、

まだ覆いかぶさっていたと思ったり。

幾重にも重なる自分というものに、喜んだり失望したり。

自己から世界を見ると、どうしてもそういう形で見えてしまう。

鏡に映る「自分」を、自分の思い描く「自分」を、映し出したくてそう思ってしまう。

「自分」にとってはその「自己の世界」にいる鏡の前の自分を、後ろを振り返って「自分」を見なくてすむように、そんなこと気にしなくていいようにしてくれる存在が、他人なわけで。

もっと正確に言うと、『他人』ではなくて、人からの『あたたかさ・ぬくもり』なのではないかと最近妙に感じる。

人と人を感じさせてくれる温かさ。直接伝え合うぬくもり。

それがあることで「自分」は振り返って、自己を見る鏡を捨てられる。

そこにアナタがいて、アナタのもつ温かさが伝わってくることで、自分を抜け出せるものがある。

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気分転換

またふら~っと、背景を変えてしまった。

色々変化もあったし、季節も変わるし、2週間アメリカにも行くし、また自分の中も変化していくんだろう・・・と、背景を変更。

これは結構一目ぼれ。空の青さは昔から大好きだけれど、これはきれいに空と広がりを見せてくれていて刺されました。

最初はバスケットのゴールを下から見てることに気付かなかったけど、それがわかってますます好きに!下から上を見上げるのはいい!ダイビングの海の下から水面を見るのが好きな私は、こういう角度に弱い。

バスケか・・・バスケするの、昔はすごい好きだった。

小学校でバスケ部に入って、そのままバスケを続けるとあの頃は思ってた。

中学で日本に帰ってきて初めてできた友達が「バレー部かテニス部に入ろうよ」と誘ってきてなかったら、(+自分の意思がもうちょい強ければ、)確実にバスケ部に入ってただろう。なんの因果か全然興味のなかったバレー部に入り、結局キャプテンまでやったけど、バスケが確実に好きだった。

しょうがないからクラブの方でバスケ部に入り、バスケマンガを買っては読み、スラムダンク&Dear Boysを全巻そろえてたけど、バスケほんと好きだったんだろうな。振り返ってみてわかること、気づくこと、改めてその想いを感じることがある。

ミスチルのAnyでいうところの

「今僕のいる場所が思ってたのと違っても、悪くはない、きっと答えは一つじゃない」

を初めて実感した時期です。

空が好きでこれにしたら、バスケに思い出がつながっていってしまった・・・

しばらくはこの背景でイコウ!

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いて座の空模様

sachiolinさんのページから飛んできた「筋トレ」。これ面白いわ。

筋トレ いて座

いいにくの日に生まれた私はいて座です。肉のハナマサの特売日です。

「旅行好きな人にとって
海外はそれほど遠い場所ではありません。
一方、一度も地元を出たことがない人にとっては
「県外」というだけでも途方もない遠方を意味します。


そういう意味で
今年は1年を通して
射手座にとって「世界が小さく感じられる」年です。
今週はその傾向が特に強くなります。
更に言えば
距離をいとわない人にとっての「世界の広さ」は
文化のバリエーションや人々との関係を意味します。


距離が縮む分、
見えてくるもののボリュームが増し、
その複雑さや奥行きに宇宙を感じるような出来事が
今週、何らかの形で起こるかもしれません。
特にこの時期は
「人」
が重要です。
愛情や理想、なにか高くてあたたかいものがこもったコミュニケーションが
今週は濃厚に、堅牢に、成立しそうな感じがします。」

最近閉じてたな~、直近に生きる知恵を学ぶ本は面白いのだけど、どうしても仕事の本関係が多くなってしまって、長期的人間的成長が確保されていないような不安感に陥る。インプットが少ないと、自然とアウトプットも少なくなってしまうものかもしれないけれど。

今週は、世界が広がる週のようです。

確かに、明日から中長期的に新しいアメリカ人と働きます。彼女はインディアンの血を半分受け継いでおり、頭が良くて鋭い人!なかなか興味深い方だ。

『「世界の広さ」は文化のバリエーションや人々との関係を意味します。』

さっちんと今日会って、改めて「内的世界の広さ」を感じました。これもまたよい刺激。

明日がどきどきわくわくだな。

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『今年は1年を通して
射手座にとって「世界が小さく感じられる」年です。』

!たしかに!中国のShinさんとドイツのさっちんと日本でコミュニケーションしたり、海外出張で9月にアメリカ、新婚旅行で10月にクロアチアとあれば、なかなかグローバル?

でも、国々を行ったり来たりもあるけれど、それよりも自分の世界が開いたことで、「あぁ・・・人ってこんなにもつながれるのだなぁ」と感じられる年になったことの方が大きいかな。

最近こころだけが感じられる、寝る前の数十分が好き。そこは個の空間であり、個の中で外部と広くつながりをもてる(妄想の)時間。

今日もいい1日でした。

18523870_1049916425s ←イタリアで取った写真。青と緑のコントラスト、広がりを感じられる川が好き。

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あれやこれや

忙しいと、やっちゃうこと。

1.部屋の掃除(しかも妙に細かいところ)

2.本棚の本の並べ替え

3.本の衝動買い

4.マツキヨ衝動買い

やっちゃってるねー

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晴れた日を味わう!

090321_091701_2 朝6時起床。休日なのに早起きして、電車に乗って、向かうは駒込。

この道をてくてく歩いて、10分くらいすると、そのお寺はあった。

曹洞宗のお寺。友達が既に数回通っているお寺に座禅体験をしに行った。曹洞宗は偶然にも、うちの父方も母方も同じ宗派で(うちの親はきっと無宗教だろうけど・・・)、なんとなく親しみがあるような気も。

(関係ないけど、スポーツ系ジャージで街をふらふらするのは気持ちがいい。たぶん自分が一番楽&好きな自然体の格好なんだろうなー。アメリカの大学生に戻った気分。)

「自分自身に向き合うこと」の一つの形である座禅。初めてなのでドキドキしながらお寺の門をくぐる。

最近のお寺は中がきれい。入ってすぐに座禅の方法や、呼吸の仕方、読経などの流れを教えてもらった。ルールはこう!みたいな感じはまるでなく、「こんな感じですよ~」というさら~っとした教え方。「私を見て、周りを見てそれを真似していれば大丈夫ですよ」と。そして、時々ふと「この動作はこういう意味合いなんですね」という、”教え”が入っている。とても自然。とても素敵な教え方だった。教えてくれた方は住職さんとは別のようなのだけれど、色々と面倒を見てくださった。素敵な人だなぁ。心が無になると、人として素朴さが出てくるのかなぁ。素敵です。

一通り、一連のプロセスを通った上で、座禅の時間が始まった。3連休の中日だったからか、人が少なめ。私を含め6~7人だった。毎回来ていらっしゃるような50代くらいのサラリーマン風の方から、今日初めての方まで。色々な方がそれぞれに色々な選択をした結果ここにいるのかな。

最初の30分くらい座禅の時間。自分が静けさの中で、自分の中の自分とだけ徐々に徐々に向き合っていく自分があるのが分かる。不思議だけど、自分の中まで深く入り込んでいったかと思うと、途中で邪念が混ざってくる。色んな形だけど、それを落ち着かせようと最初は焦る。でも自分が呼吸をするリズムをとって、呼吸をする音を聞いているうちに、すこ~しずつ自然と静まっていった。呼吸に立ち返ったのは、最初に色々教えてもらったときに何気なく「呼吸を整えること」が大事ですよ、と習ったから。

釈さんの本『いきなりはじめる仏教生活』にもあったけど、ブッダは瞑想するときに「アーナ(吸気)」+「アーパーナ(呼気)」+「サティ(念、気づき)」を大事にされたらしい。『心をこめて呼吸する、自覚的に呼吸する。そして、<出息長・入息短>が特徴です。なが~く息を吐いて、その反動で息を吸う』改めて重要さを感じる。呼吸法は、5年くらい前から仕事でテンぱるたびに実行しては、いい感じで作用してきた。ここでも、ほんとに不思議と雑念を消したのは、呼吸だった。

呼吸する。息を吸って、はく。単純であり、生きている間何万回以上(もっと?)行う動きだけど、でも、これができないと死んでしまう。これがあると、生きていること、自分が自分であることを「今」実感できる。あー大事です。

その後は読経の時間。意味が分からないなりに、木魚のリズムに合わせてふり仮名を読んでいく。ふり仮名はサンスクリット語かなにか?でも、漢字が書いてあるので「色即是空、空即是色、涅槃、六波羅蜜」などなどの熟語は分かる。初めて読経をしたけれど、かなり呼吸を整えて行わないと、息が続かない!どこで区切っているのか、次回また観察しようと思う。今回はただ夢中で読んだ。

全部で1時間くらいの座禅体験だった。今回1回限りだと、ただ体験しにきた~ってだけになってしまうし、自分的に後何回かここに行って自分と向き合って、「無」を追ってみたいと思ったので、仕事が忙しくなる5月前までは何回か行ってみようと思う。帰りがとっても爽やかだった。なんか、目がパッと開いた気分。帰りはふる~い昭和の喫茶店で朝ご飯を食べ、友達と色々語り合った後で駒込を去った。

昼は親がまだ銀座にいたので、帰りを見送ってから、ふら~っと銀座でお散歩をした。晴れてたし、色々見るのが楽しい!歩くのが楽しい!

日比谷パティオのオープンスペースと人工芝の中で一休みしてたら、偶然JULEPSのライブ?が始まった。心をこめて歌っている感じだったので、うまいな~と思って聞いてたら、「旅立つ日」を歌い始めた。あの、象さんパパが死んじゃう悲しくも温かいアニメの歌の人たちか!とようやく認識。丁寧に歌を歌うグループのようだし、頑張ってほしいなぁ。たぶん、自分達の歌がまだあまりないんだと思うけど、歌ったのはカバー曲が多かった。「愛唄(GREEN)」「さくら(コブクロ)」「川の流れのように(美空ひばり)」など、カバーしてたのは名曲ばかりで、自分の好きな歌で嬉しくなった時間でした。

らんらん♪と、たまたま通りかかったのは、日比谷の小さなフォトギャラリー。撮るのはうまくないけど、私はやっぱり写真見るの大好き!

今回のは、安田幸弘さんという写真家のギャラリーだった。『星空の散歩道』というタイトルで、美しい星と夜空の写真が広がっていた。彼のホームページ(手作り感があっていいですよ)にも、色々素敵な写真が多い。月夜の風景は特に美しいな。星野道夫さんの個展に去年行って以来、久しぶりの写真展。心躍る!写真のハガキを2枚買った。どういう方か詳しく知らなかったけれど、自分の心に伝わってくる。それだけで十分手に取る価値があった。

他にも色々な写真展情報ゲット!

・東京都写真美術館の「聖地巡礼」 野町和嘉氏 のは絶対みたい!3/28~5/17

・増上寺の090322_193836 「祈・行」 関谷巌氏 

かなり興味あり。スリランカのアウカナ大仏に祈りを捧げる女性の写真です。関谷氏は、弁護士であり、かつミャンマーの写真を取り続けている写真家でもある様子。

増上寺は浄土宗だけど、これは関係するのかな。4/2~4/7 って、ニッチな期間にしかやってない!

・四谷3丁目のフォトギャラリー ルーニィ247 「聖なる桜」 永坂嘉光氏 3/31-4/12 

これもどうにか行ければいいなぁ~ 高野山(真言宗)の写真を取り続けている写真家永坂氏の作品のようです。

写真まで偶然か必然か、仏教系のもので紹介されているものが多かった。心の進むままにゆけ!ということかな。

帰りはスタバを飲みながら日比谷公園で日向ぼっこ。とにかくまったり、のんびり。こういう何気ない一日、大切にしようっと。

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ぎゅっとつかまれる

ブログを読んでいて、自分の想いが重なることを書いている方がいる。そう思ったら、とても心が震える。

「想いが表れる」それはどんな形でもいいのだけれど(文章、音楽、映像、表情、匂い、温度、空気、見えないもの・・・)、それがこちら側に伝わったときの心がぎゅっとなる感じ。一瞬苦しい、それだけ自分に近づいてくる感覚があるから。でも温かいものが流れこんでくる。また一つ、人の美しさを感じ、自分はそこから勇気と強さをもらうのだろう。

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