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負けない技術

『負けない技術』 桜井章一 講談社+α新書

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20年間無敗の雀士が、勝負の世界を潜り抜けた末に到達したある人生哲学が書いてある。メモ書きとして、感じたことを書いておきたい。(おっちゃん、渋い!)

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・『負けない』=本能的な思考
競争意識の中で、「勝ちたい」という限度のない欲を持つのは意味がない。本来の競争意識はもっと動物としての素の部分、本能に近い部分に存在しているもので、それは「相手に勝ちたい」ではなく「相手に負けない」というもの。動物にとって、「負けたら終わり」であって、だからこそ、負けないように闘うが、必要以上の争いはしない。本能的な競争意識は必要に迫られたときにだけ出てくるもの。

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・『何事もスルーする感覚で強くなる』
著者は、一度自分の中に通してから後ろに抜いていくような感覚と定義する。
    「いいもの」は「いいもの」として必要以上にとどめることをしない。
        ∵「いいもの」をに囚われることになるから
    「嫌なもの」であっても、放り投げたり、無視したりせず、必ずスルーしてその存在を確かめる。
        ∵何故「嫌なのか、何がダメなのか」を分かるため
            ↓
∴そうすることで、「いいもの」と「悪いもの」の取捨選択のバランスがよくできるようになる。
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・『表と裏がそろって初めて、「形」が現れる。世の中のあらゆることには、表があって裏がある。現代社会はとかく表だけを取り繕う風潮がはびこっているので、いびつな形になってしまっているものが多い。(中略)要するに人間は、表と裏、両方を自覚して初めて素の自分になれるのだ。人間は善と悪という粘土を絡ませてつくられたようなものなのに、悪を内面に隠し、善だけで取り繕っている人も少なくない。それは、善と悪を表と裏のように分けて考えるからそうなってしまうのだ。中には善の方が悪の分量より多い人もいるだろう。しかし、それはあくまでも分量の違いであって、善と悪を両方持っていることには変わりない。人間を表裏一体と考えるように、善と悪も分けて考えるのではなく、両方持っていると捉えることが大切なのだ。』
今の自分の問題意識と重なるところが大いにあって面白かった。
ロジカルな関係があるか分からないが、著者が「善と悪」を一体として定義するように、これは、「意識と無意識」を一体として捉えることと重なった。友人Inabaさんと昨日話していたことで、自分の中で起こったこともストンと納得できた。
「意識の領域」では、当然、外からくる情報や自分の感情を、意識化された「形」あるものとして捉えて、情報を整理し、理解する。ロジカルかどうか、「意識の上にある」価値観に照らし合わせて "right" かどうかにより、整理し、情報も感情も取捨選択が行われる。
その一方で、「無意識の領域」では、「意識の領域」から落ちてきた外れ物がたまっていく。「形」として捉えられないもの、不要なものとして外れていった情報や感情、感覚的なものがたまっていく。
自分の中で、その両方が存在することを受け止めていないと、「無意識の領域」に溜まったものによる自分への仕返し的なものがおきる恐れがあると感じることがあった。
「無意識の領域」は当然雑多なものが混在しており、往々にして、意識の世界で「捨てられた(不要な)もの」が積み重なっているが故に、「無意識の領域」はどんどんと淀んでいく。それがある一定のところまで来た時に、疲労、熱、体の痛み、精神的な痛みとして表面化してきて、ひどいときはバイオレンスの方向に行ってしまうのかもしれない。
実際、(今考えれば大したことのないようなものだが)自分が予想しない反応を自分の体がしてしまうことを初めて体験した。発熱、頭痛、体のきしみ、こわばり。全て突然出てきたものだったが、シンプルに言えば、社員が辞めることになり、それにより自分に大きくかかった「ストレス」が原因だった。社員が辞めるから忙しくなることよりも、自分の中で色々な感情と情報の整理が行われ、その結果捨てられていったもの達の突発的な叫びに近い反応だった。
両方が自分の中にあること、「意識と無意識の領域」が自分の中にあることを受け止めること、そしてそこであるタイプの取捨選択が行われていることを受け止めること、「無意識の領域」に落ちていくものにも光を当てて、「捨てるもの=悪いもの」ではなく受け入れること。それが、「善と悪の両方を一体として捉える」構図と非常に似ているように感じたので、自分に面白いメッセージを投げかけてくれたと思った。
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この他にも、色々と共感する言葉が多かった。
・プロフェッショナルとは、一つのことを究めるだけではないと思う。他の要素もいっぱい持っている人が本当のプロフェッショナルなのだ。学力もあれば、心身のタフさもあり、柔軟性もある。
専門家には、一つの考えに固執したり、固定観念にと割られたいしている人が多い。
証明型の文章ではないし、経験則で帰納して書かれた文章ではあるが、自分の感覚的に思っていたことを言語化しているところや、自分の呪縛になっていたところに光を当ててくれるようなところが良かった。

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