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人へのぬくもり、真剣さ

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新婚旅行のクロアチアから帰国したばかり。

とても大事なことを感じられた旅だった。

まず、大切な友人と直接会って、両腕で彼女をハグすることができた。

彼女は色々な想いを内包している、太陽であり月のような陰陽の両方をもつ人で。彼女のもつ、感じていること、ブログやメールを通して一部が伝わってきたりしたけれど、それでもやはり彼女の大変さを分かってあげることができない事実を自分は感じていた。

だから、会ったときに思い切りハグしようと思った。

もともとハグするタイプの人間で、意外と誰これ構わず日本でも仲が良ければやってたもんだから、旦那も微妙に思っていたようだけど(苦笑)、女の子だし、大丈夫やろというのもあって、彼女に会って真っ先にはぐーーー!

人と人が「今」を実感できるのは、そして色々な悲しみも痛みも外側からほっこり癒してあげられるのは、体温。ぬくもり。あったかさを感じられることのように思う。共有できない想いがあるから、だから、共感するのではない、包んであげること。

体でも、手でも。

温かさが伝わることは言葉以上に大きい。

****

そして、新婚旅行と言えば、色々なイベント?景色?

それもほんとに素晴らしかったけど、

そういうのもあったけど、

何よりも旦那さんと二人で、二人らしく何を特にするでもなく、ある場を共有できたことが大事な思い出になった。

場を共有すること、それができにくい世の中になっていることを感じる。

いろんな意味で、社会が。家族が。友人が。

ネットなどを通じた間接的な「場」もあればあるにこしたことはないけど、直接的な「場」が少なくなっている。ただ一緒にいる、隣で寝てる、ご飯を食べる。というのではなく、共有する「場」。それが大事であること。とても強く実感した。

直接「場」を共有すれば、痛いことだってある。でもだからこそ、強く真剣に、その「場」から得ようとしている。無意識にも。表情は見えるし、空気感の変化も感じられるし、切り取られていない視覚、聴覚、嗅覚・・・なんだってフル稼働でアンテナは情報を運んでくる。冷たさも温かさも。”変化のある”人間同士の間接的メッセージを伝えてくる。

そこにいる人間同士、同じ思いを共有して、真剣に互いに向き合っていれば、2人であれ、複数人であれ、つながっていくものがある。

「真剣に、場を共有する」

相手と、切るか切られるかという「真剣」の鋭さを向き合わせるのではなくて、

刻々と互いが変化する中で流れるメッセージを受信送信しながら、状況を読み取る、感じる鋭さ。

とはいえ、頭ががんがんしてきた・・・・あわあわ。

早く寝なくては・・・

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鏡とぬくもり

これが自分か・・・と思った矢先に、

また、

これが自分か?と思ったり。

やっと突き抜けたと思ったら、

また、

まだ覆いかぶさっていたと思ったり。

幾重にも重なる自分というものに、喜んだり失望したり。

自己から世界を見ると、どうしてもそういう形で見えてしまう。

鏡に映る「自分」を、自分の思い描く「自分」を、映し出したくてそう思ってしまう。

「自分」にとってはその「自己の世界」にいる鏡の前の自分を、後ろを振り返って「自分」を見なくてすむように、そんなこと気にしなくていいようにしてくれる存在が、他人なわけで。

もっと正確に言うと、『他人』ではなくて、人からの『あたたかさ・ぬくもり』なのではないかと最近妙に感じる。

人と人を感じさせてくれる温かさ。直接伝え合うぬくもり。

それがあることで「自分」は振り返って、自己を見る鏡を捨てられる。

そこにアナタがいて、アナタのもつ温かさが伝わってくることで、自分を抜け出せるものがある。

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