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竹取物語

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昨日仕事でアメリカ人のライターの人と話をしていたら、彼の昔書いた雑誌の記事で、面白いものを見せてもらった。

テーマは「竹」について。

氏は尺八を習っていたこともある日本好きの人だけれど、彼が日本に来て最初に素晴らしいと思ったものに「鯉」と「竹」があったらしい。

日本人にとっては、どっちも普通のもの。おじいちゃん宅にいけばあるかな、みたいなものであり、今は東京では見られないけど特別すごい感じはしない。

彼は「竹」自体の魅力もさることながら、日本人が「竹」という自然に育つ植物と共存して、合わせて生きてきたことに感動していた。

「竹」の持つ、背の高さ、生育の早さ、中の空洞、密集して育つ様・・・それらの特徴を生かし、理解した上で、上手に「竹」を愛し、育み、食し、日本人は育ってきた。

暑い日には日陰に、

空洞をくりぬいて楽器に、

空洞から姫が生まれる物語に、

ゆでておいしい食べ物に、

尺八を、Bamboo Flute っていうのも、美しさがまた際立つ。

こういう逆の視点、外から見た日本の美しさを聞くのは本当に感動する。特に丁寧に物事を考えて、捉えようとしている人と出会うとすごく感動する。

ちなみに、竹関連で、日経BPにこんな記事も発見。

「日本古来のエコ素材 『竹』が世界を変える!」

竹再発見!

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同世代性×同時代性

同じ時代に、同じ流行のキャラクターで、興奮と感動とトキメキを、それぞれが違う場所でしているこの奇跡。同じ時代に、同じニュースを聞いて、また心を揺さぶられているこの奇跡。そして同い年ではなくても、人生のそれぞれの帯が微妙に重なっている先輩、後輩。それぞれがそれぞれに互いに影響しあってる。

すごいなぁ、素敵だなぁ。最近は特に、「自分が自分であること」は、「他人が自分の周りにいてくれること」なんだなと改めて感じます。

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で、なぜか『ビックリマンシール』。引越し前に掃除してたら出てきた出てきた。というか、なんで東京にまでこの子たちは一緒についてきているのか不明。君たち、イマイチ名前も覚えてないけど(ヤマト神帝とかメジャーどこしかわかんない)、ごめんねー。特に雑魚キャラたち。君たちがいなくては、ヒーローは輝いてみえないのよ。(ただ、今見ると雑魚キャラは結構力入ったアート性を感じるけどね)

友人いなばくんのブログですっかりビックリマントークに熱くなってしまったけど、(彼の創作『オリジナル いなばビックリマン』にも相当関心!)、やっぱりね、なんかいいんだよね、あの時代のものって。子供のころって特別なんだよなー、ほんと。たぶん、高校・大学の頃と違って、なんかもう、無心にそればっかりおっかけて、一日中その話をして、帰っても妄想の世界の中にいる、それがまた楽しい子供時代。

『ビックリマン』って言葉を聞いて、心のときめきを感じる!

あの頃の想いがぶわっとよみがえってくる!(おとこの子目線。笑)

で、それを話したり、ブログ上で思いを交わしたりすると、不思議と昔からみんな知り合いで、一緒にいたんじゃないかな?くらいの気持ちになってくるわけで。

共通した想い、そして今につながる学びみたいなものを話していると、ほんとに自分の人生の大きな部分で一緒にいたような気持ちになります。

『ビックリマン』はもちろん一部でしかないけれど、でも大事な一部なわけで(少なくとも子供の自分には)、それを通って育んできたものは確かに存在していて。そして誰もがそれをもっているわけで。

とりあえず、ぶわっと思ったことを書いておわった。いいねー、アラ30!

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