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ほんとに戯言。日本人のコミュニケーション

最近特に「空気」や「和」や「場」について考える機会が多くなって、それがゆえに、日本人の英語でのコミュニケーション方法が気になる。もどかしい。うぅ。。。

先週偶然、2日連続でそんな場面に出くわした。そのうちの1つだけ・・・・・・ごめんなさい、どうしても自分の中ではもやもやしているから、内容をアップします。

木曜は、外国人ビジネスパーソンが参加するブレックファストミーティングに参加してきた。米国商工会議所に登録をしている人たちが集う場で、主目的は互いのネットワーキング。ただ、必ずプレゼンと、そのテーマの質疑応答が行われるので、それを学ぶ目的で参加することもできる。

今回のプレゼンの内容は、「日本人クライアントとどのようにして良い関係を築くか」日本の某有名(らしい)コーチング・コンサルティング会社のCEOのプレゼンが行われた。これが・・・・・・・・・・・・・

日本語だときっと良いのかもしれない・・・・・・・・英語はそれなりにうまいし、表現も、発音も美しい方なんだけど・・・・・・正直英語ベースで聞いていると、なんか言い切った感じが気になった。また、文化論のような複雑でセンシティブな内容を、丁寧に論じるでもなく、単純化して言っていることが気になった。そのスピーカーも優れた方だと思うので、批判するつもりは毛頭ないのだけど、でも、往々にして文化論を語るときに、単純化してしまって、このような公の場で発言されているのを聞くと、非常に残念でしかたない。ましてや、日本人が外国人ビジネスパーソンに向かって、あまりに単純化した形で話してしまうと誤解も生まれやすいように思ってしまう。だって、日本人が「日本人代表」みたいに発言していれば、妙に説得力をもってしまう。それだけに危険だ。

少なくとも、推察をしないで、純粋に英語だけを聞いたプレゼン内容のサマリーはこう:

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『日本人は「場を読む」ことを重要視する。これは古来から日本人が、侵略された経験がなく、島国で生活してきたために「自分」と「他」とを分けて考えてこなかったことによる。

(「自分」と「他」とを分けて考えなかった例:「登山=アクティビティ、レジャー」という概念を持ち込んだのは、200年前に西洋の人間が持ち込んだ考え方だ。我々日本人は山に対して、登るという意識はあっても、それを娯楽のように「征服するもの」のようには考えてこなかった。これは、自然と人間が一体化しており、そこに「自然」と「人間」=「自」と「他」のような境界線はなかったからだ。)』

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この辺は面白い。たぶんもっと深く掘り下げられそうだし、山本七平の「空気の研究」や「比較文化論の試み」でも取り上げられていた内容に近いし。

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『だから、日本人には、「自」と「他」の区別がない。ゆえに、一体化された「自」と「他」の間では、同じ共有された「場」があり、暗黙のうちに何がそこで必要かを察する感覚を持ち合わせる。ゆえに、「場を読む」=他の周りの人たちがどんな反応をしているのか読んで反応する人を日本人は好む。周りの人がいる前で、「自分」を主張しようとする西洋人のような反応はまずしない。長期的に仲良くなって、場を読んでいく。

(「場を読まない」ことのマイナスの例:帰国子女が日本に帰ってくると、自分を主張しようとする。例えば映画を見終わった後で、誰かが「この映画面白かったね~」という。そうすると自分の意見を主張しようとする帰国子女はこう言う。「いや、この映画つまらなかったわ」と。そこで、わざわざ自分を主張する必要はないにも関わらず、本能的にそうしてしまっているが、それは「場を読んでいない」ことになる。みんなはしらける。また別の例は、学校でリーダーを決めるときも、日本の場合は「場を読まなければ」いけない。学級会などで、自分から「リーダーになりたい」と主張するのはよくない。リーダーになりたければ、周りの人にそれとなく自分がリーダーになりたいことを伝え、それにふさわしい行動をし、それで初めて、リーダーとして周りから自分を選出してもらわなくてはいけない。)

この点をあなたたち(外国人)はきちんと押さえなくてはいけない。』

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この辺から論が粗くなる印象。日本人の無意識の反応や趣向を知ることは大事。でも一方、その感覚をもつことの利点は何なのか、結局外国人のビジネスパーソンは何をヒントとして持ってかえって、日本人とのビジネスの場に活かせばいいのか?帰国子女の例と、リーダーの例を聞いた外国人は、何を学びにして、何を意識していけばよいのか。もう一つクリアでない。。。

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『ただ、外国人へのグッドニュースは、同時に日本人は「場を壊す」人も好む。進んでリーダーシップをとって、その場の雰囲気を逆の方向に持って行くような人も好む。日本人は場を読むのに疲れているから、時々壊したらいいですよ。

(日本人が「場を壊す」人を好む例:①小泉首相の例。②自分の経験談。クライアント候補だった、あるエグゼクティブがいた。全く人の話を聞かない人だったので、私はその人に言ってあげた『あなた、ほんと話聞かない人ですね~』と。そしたら、相手は『お、こいつ、なかなかやるな』という風になって、私はそのクライアントをゲットできた、なんてこともあった。「場を壊す」のを案外日本人は求めている」)』

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内容は、確かこんな感じ。

うぅー、もう書いていて、正直なんか正しいことを言っている部分があるだけに、途中の具体例の入れ方、メインポイントと説明部分のリンクが粗いところがつい気になってしまう。。。ここでのポイントは、「外国人ビジネスパーソンが、日本人クライアントとうまくいくための方法」がテーマだったはずなのに、何がポイントかがイマイチクリアに描かれていない。

日本人が「場を壊す」人を好む例なんて、外国人からすれば、「え?日本人エグゼクティブって、奇をてらった物言いをこっちがすれば、相手は自分を信頼してくるの?そんな形でビジネスを得てるの?アホらしい」と思ってしまうんじゃないか、と、心配になった。実際にその発言をしたスピーカーだって、色々なことを(直感的にでも瞬時に)考えて、「このエグゼクティブなら、この言い方でも大丈夫だな」というhunchがあって初めて、そういう言葉を投げたんじゃないかなと思う。言う人、言われる人のキャラクターにもかなり寄るだろうし、コンテクストもだいぶ違っていて、エグゼクティブとしても、コンサルタントとして自分の教育をしてくれる人に言われるのと、社内の外国人に言われるのとでは全く違う印象を受けるのでは・・・・なのに、そのプロセスも何にも説明のないままその例を言っているのは危険!とつい思ってしまった。その人にとっても、損じゃないかなー、エグゼクティブが自分の専門性を買ってくれたのではなくて、自分の「場を壊す」力 or キャラクターでビジネスをくれた、みたいな印象を与えるなんて。きっと様々な経験と専門性もあるだろうに。

文化論を語るのって、難しい。だからこそ、丁寧に考えて整理して、丁寧に分析した上で、言語化したい。相手に自分たちの文化を、誤解なく、変に低くみられることなく、変に優位にたっているように響くことなく、お互いの文化がお互いの違いを受け入れ、リスペクトしあえる形で語ることを目指して、それが異文化の方にも分かるように伝えられるようにしてから、こういった場に立ちたい。後何年かかるかな~修行を続けなきゃ。

もう一つ思ったことは、日本人エグゼクティブが、「外国人から信用されにくい」ことの大きな一要素として、「話の流れ・論理構造」がありそうだと改めて感じた。丁寧表現ももちろん大事だけど、まず、言いたいポイントが何なのか、やっぱりクリアに伝えられないことの方が、コミュニケーションの障害が大きいのでは。エグゼクティブコーチとして200社以上コーチングをやっているこのスピーカーですら、質疑応答の答え方を見ると、ほとんど全て背景から入って回答しているか、具体例だけを挙げて終わっていた。例えば、「日本人の若い人と、年配の人の間で、『場を読む』ということについて違いがあるように思うのですが、世代感で感じ方の違いはありますか?」という質問に対して、彼の回答は「山一證券がつぶれたときに、そこの取締役達が泣いて謝罪したんですね、そこでそれを見た若い人たちは、保守的な雇用の安定はないなと思って、自分がスキルを磨かなきゃと思ったンですよ・・・・」と始まる。うーん、質問は『世代感の違いがあるか/ないか』ですが、それと山一證券はなんだったのか。外国人の人たちの表情は曇っていた・・・そのまま最後まで言ったが、質問にずばり答えていない。ほかの6問の質問に対しての、回答も似たような感じで、とても残念。外国人の人たちも、複数の似たような質問を、別の言い方でスピーカーに聞いていたが、イマイチピタッとした回答が出てこない。残念。

彼の話の回答の仕方にはパターンがあって、これは自分の生徒達でも良くある典型的な日本型の流れ

 ・具体例から入る(往々にして、一見面白そうだが直接は関係ない例を挙げてくる)

 ・答えを言った後で、それに関しては特に関係ないこと・例外的なことを補足的に言う(「Aですね。ただ、こういうこともありますね」)

  ・自分が主張した内容の、説明や理由が入らない

かっこいい日本人をつくるためのコミュニケーション力強化の道はまだまだ続く・・・

長くなってしまった・・・失礼しました。

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コメント

これから異国でコミュニケーションを重ねて行く中で、ぜひかっこいい日本人でありたいともに相手に信頼される人になりたいですね。

最近、資料をイギリス人にネイティブチェックしてもらったりしていますが、言葉の使い方や文法だけではなく、ロジック展開も再考しなければと思います。

以下に書いてくれているものは、ほんとによくあるパターンだよね。
特に、プレゼンでもそうだし、パネルディスカッションなんかでも散見されます。
特に、1つ目のやつなんかだと聴いている方は、どきどきして期待するんですが、空振りに終わることが多いです。
逆にいうと、上手いすり替えの技術でしょう。

実は、以前、研修で石原さんの報道番組での発言(地方への国からの補助金を巡る是非)で、長々と石原さんがコメントしていたのですが、結局、結論が何もわからなかったというのを見ました。

そのときは、具体例から入って、それに例外的な補足を次々と展開して、議論に煙幕を貼っていた感じです。

もしかしたら、これは上等な議論を迷走させるテクニックではないかと思ったものでした。結局、彼のスタンスからすると、補助金がなくなるのは困るわけで。

でも、ロジカルな理解を使用としている人はイライラしたでしょう。現に、実務家代表で来ていた経団連関係の人たちは、顔を曇らせてました。

***
・具体例から入る(往々にして、一見面白そうだが直接は関係ない例を挙げてくる)

・答えを言った後で、それに関しては特に関係ないこと・例外的なことを補足的に言う(「Aですね。ただ、こういうこともありますね」)

・自分が主張した内容の、説明や理由が入らない
***

これから、ぼくも少しずつ学んでいきたいですね。いいテキストがあったら教えて!

投稿: Shin.K | 2009年4月16日 (木) 01時24分

>Shin.Kさん
なんか、書いた後でほんとにもどかしくなってしまったし、かつ自分が考えたことがあまりまとまっていない形で書いてしまったように思えて、消そうかと思っていましたが、Shinさんにコメントをもらい、この想いはこのとき感じたこととして、残そうかと思いとどまりました。現実世界で起きているコミュニケーション上での不要な誤解を解くことが、自分のライフワークの一つだろうし、自分の感じたことに嘘はないものね。
とはいえ、ほんとに今回の件は残念で仕方ありませんでした。もったいない・・・

議論を迷走させるテクニックは、日本の中だけならまだ容認されるのかもしれないけれど、海外向けに発信する場合はほんと難しいなぁ・・・相手の土俵で相撲をとってほしいということではないし、西洋のロジックだけがベストとは必ずしも思わないけれど、両方のいい面を生かしてロジックを組めるのがベストなんだろうね。ただし海外の人相手のように、共有しているものが少ない場合はやはり西洋のロジックを使いながらになるのかな。かつ、的確に自分の言いたいことを柔らかく言えるようなスキルがあればいいのだよね。

このタイプのことを書いているテキストかぁ・・・プレゼン教材じゃなくて、もっと質疑応答練習とかでも生かせるような視点の書いてある教材だといいんだけどね。。。私が探している限り、ぴったりのはないんだよね・・・もしよければ、うちの本で市販で売っているロジック本を今度日本に帰ってきたときにプレゼントするよ!
世界に通用するかっこいい日本人づくりに貢献したい(笑)!

投稿: ともこ | 2009年4月18日 (土) 01時28分

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