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野町和嘉 「聖地巡礼」写真展

通勤中に日比谷線に乗っていた時に見た「写真美術館」の広告。

そこで初めて知った野町さんの写真。

「聖地巡礼」

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その言葉だけでも十分惹かれたけれど、写真のもつパワーがこれまたすごい。

そこに広がっている空間の一部分を切り抜いただけなのに、すごいパワーを感じる。

野町和嘉 写真展「聖地巡礼」

写真展に入るとすぐに、ボードに野町さんからのメッセージがあった。

「どの宗教であれ、教えていることは世代を超えて受け継がれてきた生きるエッセンスの集積そのものなのである」

『宗教』というとオカルト的だったり、なんだか意味の分からないものだったり、理解しにくいからこそ曖昧で、意味のないもののように感じられがちだけれども、どの宗教であっても、要は人が生きる上で何百年、何千年も前から「救われたい、意味を感じたい」そう切に願っているから存在しているものなのだろう。

野町さんの言葉、「生きるエッセンスの集積」。うんうん。そう感じる。

もう一つ、彼の書いていた言葉で重みを感じたもの。

現代の突発的な心の崩壊について。

これは、生きる枠組みが容易に見えなくなっているこの社会の難しさの表れだと。

社会の枠組み。

生きる枠組み。

枠組みがあってほしい、でも、ない方がいい。

枠があることで初めて見えてくる世界がある。

枠があることで初めて感じられる苦しさがある。

枠とその中にいる自分。他と私。見えるもの、見させられるもの。

生きる枠組みとはなんなんだろうか。自分には見えているのだろうか。

枠・・・壁・・・他・・・。自分を感じるための確かなもの、を探しているのかな。

野町さんがまさに「聖地巡礼」した、エチオピア、極限高地チベット、南米アンデス、インドなどが撮影地になっている。

過酷な自然環境があり、社会情勢も不安定だったり、貧困問題もありそう。

そのゆえに、まさに「生きることに必死な場所」で撮られた写真。

そこには常に宗教の影、シャーマンの影、神の影を感じる。

素晴らしい・・・・・・・・・写真の圧倒的なパワーは、現地にいる人々の生命エネルギー(日々をとにかく、一生懸命に生きる!)×野町さんの生命エネルギーのパワーです。

自分にも流れ込んでくる、生命エネルギー。

いつもオープンにそれらを受け取れるような受信アンテナを持ってたいな。

いなばさんのブログ「吾」にも、閑話休題にありました。これ、ほんと良かったですね~

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コメント

『生きる枠組み』っていうのは確かにそうですね。
そういう何らかの『寄る辺』のようなものがあると生きやすい。
僕ら日本人は、一神教のように『これを生きる枠組みに!』って感じで、ある一つのものに決められないんですよねー。

それは、きっと廐戸皇子(聖徳太子)の17条の憲法でも、
==============
一に曰はく,和を以て貴しと為し,忤ふこと無きを宗と為す。・・・・
十七に曰はく,夫れ事は独り断(さだ)む可らず。必ず衆と与に宜しく論(あげつら)ふべし。・・・
==============
の最初と最後に如実に表れているんでしょうねー。

この写真展は仏教がなかったけど、仏教も仏像とか素晴らしいしし。
聖地巡礼で見たイスラム建築も、繊細で緻密で素晴らしかったなー。

投稿: いなば | 2009年4月 8日 (水) 08時31分

>いなばさん
そうですね、
『そういう何らかの『寄る辺』のようなものがあると生きやすい。』
それが曖昧。(ちなみに今田口ランディさんの『寄る辺~』を読んでます。『聖なる母と~』と内容がシンクロしてますね。だから読みやすいです。同時期に出たのかな?)

ちょっと脱線ですが、今日その「和」についてまた考える機会がありました。今日参加した講演会で、アメリカ&海外の人達80人を前に、ある日本人のエグゼクティブトレーナーが『日本人ビジネスパーソンとうまくコミュニケーションする方法』についてプレゼンをしていたのだけど、これがあんまりうまく説明されておらず、なんか説明が曖昧な感じで、「秘訣は『場を読む』ことですよ」「和が大事ですよ」「でも『場を壊す』のも日本人は好みますよ~」というプレゼンで、その説明の仕方に、1日本人としてすごく居たたまれない気分になりました・・・。

これじゃぁ日本人、何も考えてないでただ「和」だけ欲しがってるアホだと思われちゃうじゃん!とつい心配してしまうような説明でプレゼンが行われており・・・うーーーーん。要は、なぜ、「和」を大事にしているかの『意味合い』が十分に説明されてなかったんですよね。『意味合い』や『価値』まで一歩掘り下げて説明せずに、「いや、日本人って、こういうの好むんですよ」と一般論的だけで話をしたり、とにかく具体例を投げるだけ投げて帰納するのは相手まかせみたいな感じで。それだけじゃ、異文化の人が日本人をわかってくれないよー!と悲しくなりました。

この「和」の発想、大事にしたいなら、大事にするためにちゃんと相手に説明できるようになっておかないといけない!と改めて感じました。異文化の世界で日本人が活躍できるようにならないかも、と結構悲壮感。

抽象的になったので、また書きますね。あぁ。。。今日は悲しい一日だった。

投稿: ともこ | 2009年4月 9日 (木) 21時33分

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