« 2009年3月27日 | トップページ | 2009年4月7日 »

「ボクノート」 スキマスイッチ

今日恵比寿で仕事帰りに久しぶりにかかってたので、ふと思い出した。

スキマはとても好きなのだけど、何が好きなのか改めて分かった気がする。ミスチルの「少年」について書いて、ふと気づいたのだけど、スキマの曲って基本的に想いがストレートに伝わってくるんだ。そんなにきれいに純粋に、フラれた歌も恋愛の歌も、その世界をピュアーに描けてしまうのが好きなんだなー。ミスチルとは全然違う、でもどっか純粋さの面で交差する一側面もある、そんなスキマです。

Sukima_bokunoto

「ボクノート」 スキマスイッチ

「耳を澄ますと微かに聞こえる雨の音
思いを綴ろうとここに座って言葉探している
考えて書いてつまずいて消したら元通り
12時間経って並べたもんは紙クズだった

君に伝えたくて 巧くはいかなくて
募り積もる感情は膨れてゆくだけ
吐き出すこともできずに

今僕の中にある言葉のカケラ
喉の奥、鋭く尖って突き刺さる
キレイじゃなくったって 少しずつだっていいんだ
この痛みをただ形にするんだ

何をしても続かない子供の頃の僕は
「これぞってモノ」って聞かれても答えに困っていた
そんな僕にでも与えられたものがあると言うんなら
迷い立ち止まった自分自身信じていたいな

僕がいるこの場所は少し窮屈だけど
愛に満ちた表情ぬくもり溢れて
そして君の声がする

足元に投げ捨てたあがいた跡も
もがいている自分も全部僕だから
抱えている想いをひたすらに叫ぶんだ
その声の先に君がいるんだ

耳を澄ますと微かに聞こえる僕の音
空は泣き止んで雲が切れていく

今僕が紡いでいく言葉のカケラ
一つずつ折り重なって詩になる
キレイじゃなくったって 少しずつだっていいんだ
光が差し込む

この声が枯れるまで歌い続けて
君に降る悲しみなんか晴らせばいい
ありのままの僕を君に届けたいんだ
探していたものは、目の前にあった」
========================================
みんな「ありのまま」の自分でありたいと願い、「ありのまま」の自分を他者に届けようとして、もがいて、叫んで、必死で伝えようとしている。
ミスチルの「名もなき詩」にもあったね。
------------------------------------
あるがままの心で 生きられぬ弱さを ・・・
 知らぬ間に 築いてた 自分らしさの檻の中で、
 もがいているなら 僕だってそうなんだ
 どれほど、分かり合える同志でも 孤独な夜は やってくるんだよ
 Oh darlin この わだかまりを 消せはしないだろう
 
 君のしぐさが滑稽なほど 優しい気持ちになれるんだよ
 Oh darlin  夢物語 逢う度に 聞かせてくれ
 愛は、きっと奪うでも、与えるでもなくて、
 気がつけば そこにあるもの 街の風に吹かれ歌いながら
 妙なプライドは 捨ててしまえばいい そこから始まるさ
------------------------------------
30って、色々感じる年です。
戻ると、スキマの「ボクノート」。これは
ありのままの「僕の音」であり、「僕ノート」であり、「ボクnote(音楽の符号)」の叫び・・・
大人だけど、少年の無邪気な気持ちで言葉遊びをしながら、歌を奏でるスキマが好きです。
はぁ、すっきり!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「少年」 ミスチル

今日は想いをぶちまけます。まとまってないし(笑)昨日から今日にかけてようやく執筆系の仕事が終わったので、あんまり寝てないし、左脳的ロジック無視して右脳で書いちゃえ。それが自分ブログのいいとこですね・・・

あー、もう!なぜか昨日の朝から、「少年」がオートリバース状態でかかり続けてます。(途中で「しるし」と「旅立ちの歌」がランダムに入る)というか、週末にミスチルを聞いてたからだと思うけど、ほんとこの歌いいんですよ・・・

名盤 Supermarket Fantasyの中から:Supermkt_fantasy

「少年」 Mr. Children

「足音を忍ばせ 君の扉の前に立ち
中から漏れる声に耳を澄ましたら
驚かさないようにそっとノックをしなくちゃな

ねぇそこにいるんだろう?
もう入ってもいいかなぁ?
君のその内側へと 僕は手を伸ばしているよ

日焼けしたみたいに心に焼き付いて
君の姿をした跡になった
ひまわりが枯れたって 熱りがとれなくて
まだ消えずにいるよ

瞼の内側で君を抱きしめると
心臓の鼓動が僕に襲い掛かってくる
そいつをなだめて優しく手なずけるまで
まだ時間がかかりそうなんだ


できるだけリアルに君を描写したいと思う
そのための時間を僕にくれないかなぁ?
どんな名画よりも美しく描くから

じっとしてなくてもいいんだよ
笑ってなくてもいいんだよ
ただ君のまんまでこっちを向いてておくれよ

「幸せ」はいつだって
抱きしめたとたんにピントがばやけてしまうから
そうなる少し前でしっかり見続けよう
なんて、できるのかなぁ?

僕の中の少年は無防備な笑顔で
自転車を飛ばして君に会いたいと急ぐ
甘えもわがままも
すべてをさらけ出してくれていいよ
僕がちゃんと受け止めるよ


君のその内側へと 僕は手を伸ばしているよ

日焼けしたみたいに心に焼き付いた
君の姿をした跡になった
蝉が死んでいったって 熱りがとれなくて
まだ消えずにいるよ

僕の中の少年は汗まみれになって
自転車を飛ばして君に会いたいと急ぐ
甘えもわがままも
すべてをぶちまけてくれたっていいよ
僕が全部受け止めるよ
受け止めるよ」

ほんとにこの曲が脳内でかかるたびに泣きそうになる。悲しいとか嬉しいとか、そういう感情を認識する前にただただ自分のココロの何かが反応してる。

「僕の中の少年は無防備な笑顔で 自転車を飛ばして君に会いたいと急ぐ」

「僕の中の少年」 切ない。僕は少年じゃない。でも、僕の中に少年がいる。

「無防備な笑顔で」 何もかもから解き放たれている、ありのままの感情が表れた表情がそこにある。

「自転車を飛ばして」 自分が漕がなくては前に進めない、でも自分が漕げばそれだけ早く進む。”少年”が操れる最大限スピードのでる乗り物。

「君に会いたいと急ぐ」 好きなら好き。会いたいなら会いたい。その純粋なまでのココロと、急ぐ想い。

30になっても、40になっても、50になっても、その先も、純粋に人を想う気持ち、無邪気に笑う笑顔があってほしい。たぶんあると思うし。

自分の中にも「少年性」ってあるような気がする。熱い想いとそのスピード感。相手の内面に一歩入りたいと思う気持ち、救いたいという願い。

あー、まとまらない。やっぱりね。

(少年つながりで、P.S. いなばさん、makiさん、昨日はありがとうございました!)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2009年3月27日 | トップページ | 2009年4月7日 »