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村上春樹の「エルサレム賞」

村上春樹の「エルサレム賞」受賞による、講演を勉強会の仲間TIさんから紹介してもらいました

人間(=卵)が、本来は自分達(弱いもの)を守るために作り上げたはずの『システム』(=壁)によって、結局翻弄されている現在の世の中。システムの中で、思考を停止させて、システムのままに従うことはある意味楽なこともあるけれど、そのままではダメになっていく。そのシステムが違う方向に向かい始めたときに、常に思考し、それを発信していかなくてはいけない。

卵の周りには、それこそ本当に色んな材質で、色んな高さで、色んな色や模様のある壁がある。もう、それこそ上から見たら、幾重にも重なる迷路が出来上がっているかもしれない。時に壁を倒したり、壊したり、時に壁は壁としてあるまま、ドアを作って道が出来たり・・・でもあまりにも重なりすぎてしまって、どうにもこうにも出口が見えなくなっているかもしれない。

『システムに食いものにされないように』するには、しっかりと自分達を制御することが重要で、『壁』というものが、必ずしもシンプルに「イイもの」なだけの存在ではないし、逆に「ワルイもの」なだけでもないし、その両面を包括したものなのだという認識をもって、かつ壁に向かって問いを発信し続けるのが大事なのかもしれません。<・p>

日本人にはかなり苦手ば分野ですよね・・・山本七平を読んでいても常に出てくる「日本人の『他者との比較、違いを認識し、言語化する力』のなさ」を実感します。ただ、そんな中でこうやって村上春樹が日本人として世界で上記のメッセージを発信していたことに、私個人は強さと勇気を与えられました。まだまだ捨てたもんじゃないぞ、日本人!

クリントンのスピーチにあったLegacyの一節、

I believe we’re moving into a world where our interdependence with one another will be critical in maintaining our independence as nations and as individuals.

これって、なかなか興味深いなと思って、昨日のクラスが終わってからも考えていました。「互いの国レベル、個人レベルで独立や自由を守るために、相互依存が存在する。」ある意味、壁の存在を認めながら、壁にドアを作って行き来できるようにしているようにも見える。何も壁を壊すという発想に必ずしもいかなくていいのだ!

ただ、この場合は前提として、『独立』を守るための手段として「interdependence」について言っているとすると、ある意味私の大事にしている「他があって、自分がある」の価値とちょっと違うのかもしれないなぁ。

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コメント

本当の悪は、ナチスドイツでもイスラエルでも反ユダヤでもなく、ヨーロッパの帝国主義(植民地政策)なんじゃないの? と思う今日この頃だったりする。

投稿: | 2009年5月30日 (土) 22時27分

>ななしさま
「悪」の定義って、時代によって変化していくものかもしれないですね。「悪」のはずのものも、「悪」として認識されない。フィリピンがスペインからアメリカに統治が変わったときにも、「悪」であったはずの西洋が、「悪」でなくなり、一気に親米的な雰囲気になってしまった。不思議ですね。

投稿: ともこ | 2009年5月31日 (日) 23時10分

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