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Sydney-1

シドニー、私の小学校6年間全てが詰まった町です。感慨深いな。信じられない。
今回の旅は、たまたま仕事がキャンセルになって3連休挟んで大きく休めそうだったので8月に突然プランした家族旅行です。
もともとお母さんに何かしてあげたくて(とっても素敵ないいお母さんなので・・・)、それで発案した豪州旅行。そしたらお姉ちゃんもお父さん(@中国)も参加することになり、家族旅行になりました。

正直、自分がシドニーに住んでいたことなんて夢の世界で、現実はずっと日本にいたんじゃないかと思うことがあります。私のオーストラリア訛りはアメリカ英語に吸収され(ボストン留学で変わってしまった・・・)、思い出はあるようで忘れていることもたくさんあります。そんな自分をシドニーは受け止めてくれて、自分も童心にかえることができるのか、不安になってました。

でも、昨日、友達の言葉にすごく勇気をもらいました。昨日はちょうど日本人学校の友達と飲んていて、彼が学会でシドニーに行ったときに撮った写真を見せてくれました。きれいなWattlt Tree、すっかり変貌した日本人学校、小さな私が確かに存在した旧校舎、4年生のときに出来た新体育館と新校舎、がらんとしてしまった第1グラウンド・・・私の「シドニーの思い出、結構忘れてしまった」という不安に、彼は「シドニーに行けば、自分の中で自然と思い出すものがあるよ。すごくささいなことでも、ふっとよみがえってくるんだよ」と言っていました。本当にそうかもしれません。そんな感覚があります。彼の見せてくれた「体育館の棒」ですら、あのときの体育の時間と、あのときに流れていた空気を思い出させてくれるようでした。私のどこかに、ちゃんと昔の記憶と感覚が刻み込まれていて、それがシドニーの風景と共鳴してくれる。そんな感覚です。本当に大切なものを思い出させてくれました。

やっぱり、私は「幸せ」だった。家族、友人、環境、海外生活・・・今の自分を形成しているもの全ては、シドニーから始まったといってもいいと思います。家族がほぼ毎日一緒にいて、家族でたくさんの思い出を作りました。お父さんが庭で芝をかる音、お母さんが夕飯のときに鳴らしてくれたベル、レインボーローリーキートが家の前の木の上で鳴く声、クッカバラの笑い、隣の犬ジギーの鳴き声、そのときの全ての映像が宝物です。純粋な幸せの中にいた、周囲に愛されて、守ってもらっていたあの頃・・・かけがえのない時間を幼少期シドニーで過ごしました。

明日、15年ぶりに、シドニーに帰る。その事実が信じられないけれど、大切な宝箱を開けに、明日シドニーに帰ります。12日にはもう帰国するけれど、それまでの時間の一分一秒を大事にしてきます。

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