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■『日本語練習帳』 第1章

1)『言葉遣いが適切かどうかの判断は、結局それまでに出会った文例の記憶による

∵人間は人の文章を読んで、文脈ごと言葉を覚えます

『多くの文例の記憶ある人は「こんな言い方はしない」という判断ができます。』

筆者は当たり前のように、「人間は人の文章を読んで、文脈ごと言葉を覚えます。」というが、私にとってこの行動は必ずしも自動的に起こるものではないように思う。私は言葉を覚える際に、文ごと覚えることはあったとしても、「文脈=コンテキスト」ごと言葉を覚えていたかというと疑問が残る。この下線部の文章こそが、明らかに自分に欠如している部分であろう いい文章がかける人たちは、おそらく本/情報を読むたびに毎回意識的/無意識的にこれを行っているからこそ、ものを書くときに、より正しい言い方で物ごとを表現できるのだろう。

私はこの点に関する意識が低かった上に、「出会った文例の記憶」自体も非常に少なかったため、過去に多くの言葉の使用ミス・選択ミスをしてきてしまった。今後よい文章に触れ、出会う文例を増やしていくことも必須であるが、私の場合はそれと同時に言葉の裏に流れる文脈も意識的に記憶することが大事だと思う 今ふと思ったのだが、この現象は私が文章を映像化することにフォーカスしすぎたために起こっているのかもしれない。これは悪いことではないが、言葉の感覚を磨いていく目的がある場合は、遠回りしてしまう気もする。一度文章を読んで自動的に映像化した後に、もう一度そこで使用されていた言葉を意識的に見ることが必要かもしれない。図式的には、「文字⇒映像化⇒文字」のような感じだろうか。

2)『(物事を言い表すときに)不的確な表現になった原因は単語にはなく、事実を見る目が曇っているのです。』はっきりと(正しく)表現するのは、単に言葉に敏感になるだけでなく、事実そのものをよく見る目と心とがいることです。はっきりと見て、きちっと表現する心構えがなくては、言葉を的確に運用できないのですね

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